【凪の物語 #8】「男を落とす虎の巻」を持っていた私が恋した理由(保険恋愛・回避依存)
2026-05-12
中学2年のころ、私は「男の子」という存在を意識し始めた。
この子、かっこいいな。 あの人、いい感じだな。
そんな感情を持ち始めた。
ちゃんとした恋愛は高校生になってから。
初めての彼氏ができてから、私の「保険恋愛」と「回避依存」のハイブリッドな日々が幕を開ける。
正直に言うと、
「いいな」と思った男の子を落とすのは、私にとって簡単なことだった。
生まれながらに、水商売の家庭で育ったから。
幼い頃の遊び相手は、きらびやかなホステスのお姉ちゃんや、物腰の柔らかい黒服のお兄ちゃんたち。
物心ついた時から、母の見事な接客術を特等席で鑑賞しながら生きてきた。
さらに12歳からは、家業を手伝うのが当たり前。
「どう振る舞えば、男が自分を好きになるのか」
私はまるで、その虎の巻を生まれながらに持って産まれてきたようなものだった。
けれど…私にとって、彼氏という存在は「ただの保険」に過ぎなかった。
いつか母がいなくなってしまった時のための、心の拠り所。
裏切られる前に、寂しさを埋めるための依存先。
だから、相手への執着なんてこれっぽっちもない。
心が引き裂かれるような苦しい恋も、恋焦がれて胸がぎゅっと締め付けられる感覚も知らなかった。
別れ話の最中に、涙を流したことなんて一度もない。
ただ、一緒にいる「その瞬間」の楽しさだけを、消費していた。
専門用語で言うなら、
当時の私は典型的な【回避依存:脱走者】だったのだと思う。
恋人なら当たり前に抱く、ほんの少しの干渉や束縛。
それに触れた瞬間、私の中に異常なほどの嫌悪感と、ゾッとするような居心地の悪さが湧き上がる。
「心配してくれてありがとう」なんて、口が裂けても思えない。
「窮屈。息苦しい。逃げ出したい。」
自由になりたい一心で、関係が深まる前に自分から木っ端微塵に壊してしまう。
もう一つの顔は、【回避依存:搾取】。
無意識のうちに、すべての関係を損得勘定で測っていた。
この人は、私が欲しい「何か」をくれるかどうか。
刺激的な体験、ラグジュアリーな時間、贅沢なプレゼント。
それらは、私の心の奥底にある「終わりのない孤独感」を、一瞬だけ麻痺させてくれる麻薬のようだった。
欲しいものと、いらないもの。
それを頭の中の天秤にかけて、いらない側の重みが少しでも勝れば、秒で冷める。 そして、秒で別れる。
傷つかないために、誰も愛さない。
そんな冷え切った恋愛を、ずっと繰り返してきた。
そんな私が20代後半になった頃、のちの夫と出会う。
彼は、真面目なモテ男だった。
そして何より、人間の心理や見栄、愚かさというものを深く知っている人だった。
私はこの時も、手慣れた手つきで「虎の巻」を開き、彼を落とすための駒を着々と進めていた。
完全にコントロールできている、そう思っていた。
けれど、3回目のデートで、彼は私の目を真っ直ぐに見据えて言った。
「なんで僕とデートしてるの? この瞬間を楽しみたいだけ? それとも、結婚を前提としたオフィシャルな付き合いを考えてる? もし、この瞬間を楽しみたいだけなら、僕は今日でお断り。」
頭をトンカチで、思いっきり殴られたような衝撃だった。
想定外。
意味がわからない。
私の辞書にない言葉が、目の前に突きつけられている。
しかし、その「意味の分からなさ」に、私の中に眠っていた激しい好奇心が踊り出した。
(…おもしろい。もっとこの人を知りたい)
私の都合のいいゲームに、乗ってこない人が初めて現れたのだ。
私は、この引き金をきっかけに「回避依存」の沼から、一歩を踏み出すことになる。
――けれど、長年握りしめてきた「保険恋愛」というお守りから本当の意味で卒業するのは、もう少し先のお話。