【凪の物語 #9】「子どもは産んどきなさい」。結婚に憧れがなかった私が、それでも指輪をはめた理由

2026-05-12

脳に刻まれた言葉

「結婚は1回くらいしておきなさい。嫌なら別れればいい。でも、子どもは産んだ方がいい。」

母が繰り返し口にしたこの言葉は、幼い私の脳に、深く、静かにインストールされました。
私にとって結婚や出産は、夢見るものではなく、人生においていつかトライすべきものでした。

最初からシングルマザーになる選択肢もあったけど、
「いい遺伝子を持ち、重荷にならない人がいればいいな」
そんな冷めた視線で未来を眺めていました。

当時の私は、自分の育った環境が「機能不全家族」であることも、自分が「アダルトチルドレン」であることも知りません。
ただ、今日の瞬間を生きていました。

異次元の住人との遭遇

そんな私が恋したのは、驚くほど誠実で、スイートな男性でした。
1年の交際を経て婚約。
けれど、彼が放った一言に、私は言葉を失います。

「親への報告?していないよ。僕の人生だから。親の意見で決めることじゃないし。」

彼の言葉は、私にとって異次元の論理でした。
親の顔色を伺い、許可をもらい、親を悲しませない選択をしてきた私。
それが「家族愛」であり「円満のコツ」だと思い込んでいた私には、彼の自立した境界線に強烈な違和感を感じました。

光る指輪と、母の怒り

彼の影響を受けた私は、柄にもなく「事後報告」という挑戦を試みました。
左手の薬指、光る指輪を誇らしげに見せて、「私、婚約したんだ!」と母に告げたのです。

期待していたのは、「おめでとう!」の言葉

でも母が言ったのは、
「聞いてない!私は許してないけど!」

母が怒ってる。しまった…地雷踏んだかも。
私は必死で言い訳を重ねました。
彼の家の風習がどうだとか、悪気はなかったのだとか。
幸せな気持ちはどこかへ消え、母のご機嫌を取ることに全神経を注いだのです。

凪への旅立ち

その後、父の急逝という喪中を経て、私は彼と結婚しました。

夫は、当時から気づいていたそうです。
私と母の間に横たわる、べったりとした「共依存」に。
それでも彼は、私の手を離さずにいてくれました。

毒親育ちの結婚。
それは決して「ゴール」ではありません。
刷り込まれた誤学習を時間をかけて学びなおす日々。
自分の足で立ち、自分の人生を生きる。
遠く、静かな「凪」を目指す、長い旅の始まりです。

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