【凪の物語 #7 】「そんなの親不孝よ」──母の支配という檻の中で、自分の未来を諦め続けた記憶

2026-05-12

テレビの向こう側、土埃が舞う異国の地。

簡素なテントの中で、泥にまみれながら必死に命を救う「国境なき医師団」の姿。
中学2年生だった私は、その映像に言葉を失うほどの衝撃を受けました。

それまで、私には「将来の夢」なんてありませんでした。
母の顔色を伺い、母がシングルマザーであることに負い目を感じないように「良い娘」でいること。
それが私の世界のすべてだったからです。
けれど、その時初めて、胸の奥から熱いものが突き上げてくるのを感じました。
「いつの日か私も、世界のどこかへ行き、誰かの命を救いたい」

初めて見つけた、自分の意志で「叶えたい」と思えた夢。
私は胸の鼓動を抑えきれないまま、勇気を出して母に打ち明けました。
目をキラキラと輝かせ、国境なき医師団への熱い思いを語る私。
しかし、母の反応は、私の予想とはあまりにかけ離れたものでした。

「素晴らしい職業だと思うけど、あなたが行く必要はない」

母の表情は、驚くほど冷めていました。
私の熱を吸い取ってしまうような、氷のような温度。
続けて放たれた言葉は、14歳の私の心を鋭く突き刺しました。

「そんなところに行ったら、死んでも遺体すら返ってこないかもしれない。そんなのは『親不孝』。許さない。」

「親不孝」

その三文字は、瞬時に私の夢を粉々に砕きました。
当時の私にとって、母を悲しませることは世界で一番重い「罪」だったからです。

たとえそれが崇高な志であっても、たとえ自分の心が求めていることであっても、母が望まないことをすることは許されない。
「母を悲しませる私は、親不孝なんだ」 そう脳裏に深く刻み込まれた瞬間、私は交渉することも、反論することもやめました。

「わかった。国境なき医師団になるのはやめる」

夢が叶わなかったのではない。
私は、夢に挑むことさえ自分に禁じてしまったのです。

すべてを把握し、すべてを支配したい母の愛

それから数年後、大学受験のタイミングで、私は最後のかすかな希望を口にしました。
「アメリカに留学したい」
しかし、返ってきたのは、やはり突き放すような拒絶でした。

「アメリカの大学に行きたいなら、1円も援助しない。生活費も学費もすべて自分で払いなさい。勝手にしなさい。」

そこには応援の欠片もありませんでした。

「でも、日本国内の大学に進学した後に、どうしても留学したかったらその時は援助してあげる」
この交換条件は、私をコントロール下に置き続けるための巧妙な罠でした。

寂しさと引き換えにブランド物を与えられてきた私。
ハングリー精神を育む機会すら奪われてきた私は、母の反対を押し切って苦学生をする勇気を持てませんでした。
結局、母の希望通りに国内の大学へ進学。 実家から通学。
その頃には、私の心は諦めの色に染まっていました。
大学進学後の留学を申し出る気力さえ、もう残っていなかったのです。

母は、私が自分の手の届かない場所へ行くことを、決して許しませんでした。
夢だけではありません。
交友関係も、外泊も。
「友達や彼氏の家に泊まるのは心配だから、うちに連れてきなさい。」

一見、寛容な親のように見えるかもしれません。
しかしその実態は、私の人間関係をすべて自分の視界に入れ、把握し、支配下に置くための戦略でした。

どれほど自由を演じても、埋まらない心の穴

大人になるにつれ、物理的な行動範囲は広がっていきました。
深夜のアルバイトをしてみたり、友人たちと朝まで遊び明かす。
旅行へ行き、酔い潰れ、時には「悪い友達」を作って、世間で言うところの「悪いこと」も一通り経験してみました。

それは、母の支配から逃げようとする、無意識の抵抗だったのかもしれません。
けれど、どれほど奔放に振る舞ってみても、不思議なほど心は踊りませんでした。

何をしていても、誰といても、胸の奥には常にぽっかりと大きな穴が空いているような感覚。
「自分の人生を生きている」という確信が持てないまま、ただ時間を浪費しているような虚無感。
私の孤独感は、どれだけ外側の刺激で埋めようとしても、消えることはありませんでした。

自分の意志で未来を選ぶことを諦め、感情を殺して母の期待に応え続けてきた代償。
それは、自分自身の「生」に対する感覚を失ってしまうことでした。

中2のあの日、私の夢と一緒に手放したのは、私自身の「心」だったのです。
物理的な自由を手に入れても、心にはまだ、あの日の「親不孝」という名の鎖が、重く、深く巻き付いたままでした。

凪の理研究所プログラム

お問い合わせ

フォームにご入力しましたら、送信ボタンをクリックして下さい。

お問合わせの種類
 *必須

過去に『凪の理研究所』でカウンセリングを受けたことがある
 *必須

お名前
 *必須

メールアドレス
 *必須

LINE ID
 

希望度
 *必須

お問合わせ内容
 *必須