【凪の物語 #6】20年間の見捨てられ不安。共依存の先の保険恋愛。
2026-04-30
天涯孤独への不安
12歳の春、母子家庭になったあの日から。
私の心には『天涯孤独』という重い言葉が、ずっとのしかかっていました。
冷静に考えれば、母がいなくなっても父のところへ行けばいいだけの話。
けれど、当時の私には『父=最低な男』という刷り込みが完了していました。
だからこそ、私の頭の中の方程式は、
『母がいなくなる = 天涯孤独になる』
この恐怖で埋め尽くされてしまったのです。
母がいなくなる可能性は、二つ。
①母が死んでしまうパターン
母に持病があったわけでも、何かの依存症があったわけでもありません。
臆病な性格で、自ら危険なことをするタイプでもない。
母の死は、決して現実的なものではありませんでした。
でも、私は万が一に備えました。 一ヶ月にかかる最低限の生活費を、子供ながらに計算して、一人で生きていくシミュレーションを繰り返していたのです。
母の死のイメトレから抜け出せなくなり、眠れないまま朝を迎えることもありました。
学校の友人は(実際はわからないけれど)ぱっと見「ちゃんと機能している家族」。
母が死んだ時に頼れるのはそこではない。
私は訳ありの友人を探し始めました。
もし令和の時代に子ども時代を過ごしていたら、私も東横キッズの一員だったかもしれない。
②母が男といなくなるパターン
私にとって、こちらの方がずっと現実的な恐怖でした。
母は「あなたが私の全て」とよく口にし、男の人に狂っている様子もありません。
男の家に外泊して帰ってこない、そんなことも一度もありませんでした。
それでも、水商売一筋で生きてきた母。
周りには常に男たちがいて、彼らに愛想を振りまき甘い言葉を囁く母の姿がありました。
見捨てられ不安
「そんなはずはない」と打ち消しながらも、私の潜在意識は「いつか母に捨てられる未来」を想定し続けました。
その見捨てられ不安は日に日に雪だるまのように大きくなり、ついに母に捨てられる夢を見ました。
戦場なのに、母は私を捨てて、男と去っていきました。
感情のない私ですが、目が覚めた時、泣いていました。
悲しくないのに泣いていて、変な感じでした。
高校生になり、彼氏がいる日常が当たり前になると、私の心にはある歪んだ思考が生まれます。
彼氏=母に捨てられたときのための保険
当時は「恋愛ごっこ」を楽しんでいるつもりでした。
けれど、今振り返れば、それはすべて生き残るための「保険」だったのだと思います。
だから、「保険のくせにメリットよりデメリットが大きいな」と感じた瞬間、スッと心が冷めてしまう。
別れることに未練はなく、恋愛で胸が苦しくなったことも、涙を流したこともありません。
失うことは、何も怖くない。
失ったら、また次の「保険」を探せばいいだけのこと。
そんな保険恋愛ゲームを繰り返していた頃、たまに「いい人」に出会ってしまうことがありました。
優しくて、あったかくて、私のことを心から大切に思ってくれる人。
いい人と一緒にいられない
でも、そんな「いい人」と出会うと、そのあたたかな幸せが強烈に居心地悪くなるのです。
客観的に見れば少しも重くない愛情なのに、 「重い!」 と叫びたくなって、自ら関係を壊してしまいました。
それが、27歳まで続いた私の「生きる術」でした。
特定の男性に依存したことは一度もありません。
けれど、母との共依存があまりに強すぎて、私は母の代わりになりそうな「保険」を必死に探し続けていたのです。
過去に出会ったみなさま、ごめんなさい。